心療内科受診から薬漬けの日々、そして転院~現在の治療まで

心療内科受診

最初の主訴は、鬱病の症状だけだった

最初は疲れから鬱状態が強く、鬱の症状ばかり訴えていたため、一年ほどは鬱病と診断され、治療を受けておりました。

たまに出る躁状態は症状が軽くなっている状態だと思い、医師にあえて伝えることはしませんでした。

しかし当然ながら一向に良くなることはなく、鬱病として処方された薬の容量が増えるに連れ、躁状態と鬱状態の振れ幅が酷くなりました。

双極性障害と診断されるまで

躁状態のときは、夜も寝ずに内職したり元気に外出して散財し、鬱状態のときにはベッドから動けない状態にまでなりました。

また、性格の変化も現れ出しました。

もともと繊細で他人に敏感な性格でしたが、躁状態の際はさらに拍車がかかったように繊細になる一方、攻撃的になり、ピリピリすることも多く、意図せず他人を傷つけることもありました。そして、そんな自分にショックを受け、消えたくなる・・・といったこと繰り返す様になりました。

あるとき、月10万以上カードを使ってしまったショックを、診察時にぽろっと話してみました。

散財は双極性障害の躁状態時の代表的な症状の1つであったことから、さらなる問診を通じて実は鬱病ではなく、全く別の病気・双極性障害であると、新たに診断が下されました。

薬漬けからの脱却

病院の治療方針と増える薬の容量

最初に受診した病院は、心療内科としては比較的大きな病院で医師の数も多く、カウンセリングからデイサービスまで幅広く経営している病院でした。

しかし、治療の基本は薬物で症状を抑えることでした。

当時の私にとって、つらい症状を薬で抑えられるのはとても有難かったのですが、どんどん増えていく薬の種類・容量に、ある時とうとうベッドから全く動けなくなってしまいました。

転院のきっかけ

怠さと重力の重さから家事もままならない状態が続き、薬が多いのではと医師に相談すると、「まだ家事をやろうと思ってしまうということは、薬が足りてないってことだね」と、さらに増薬することになりました。

当時の私は食べることもできなかったので、体重が小学生当時まで落ちており、その体重から計算すると危険なまでの容量の薬が処方されていました。

しかし、その病院では躁状態になることを怖がり、動けない状態が最良であるとされました。

わずかに働く脳内で、このままでは薬漬けの廃人になるのではと危機感を感じ、夫と相談した上で転院することを決意しました。

そして、いくつかあたった病院の中から、現在通院している病院に行ったことをきっかけに、薬漬け生活から脱却することができました 。

現在の治療

必要最小限の薬と漢方

今通院している病院は、最低限の薬で漢方を中心に治療を行ってくれます。

特に若い女性は今後の妊娠の可能性等も考慮した上で、依存性の少ない安全性の高い薬と漢方で治療を進めてくれます。

私の場合、前の病院で当時の体重では危険なほど高容量の薬漬け状態だったため、まずは半年かけて体内の薬を抜くことをしました。そして、体調を見て少しずつ薬を調整していきました。

漢方も適応外でも医師の経験に基づき適宜使うという、目から鱗な治療でした。

患者本位の治療

治療は順調に行っていたものの、最後の完全に漢方のみの治療にするというところが上手く行かず、困難しました。具体的には、睡眠薬がないと眠ることができず、睡眠薬を止めることができませんでした。

治療を通じ、私の体調不良のトリガーは仕事から来るストレスであることが分かった一方で、仕事をしないと生きていけないため、そういった事情も理解した上で加療してもらえる治療はとても安心できました。

一時不眠症を拗らせた際は強い睡眠薬を出してもらえず悶々としたこともありましたが、子供が欲しいという私の希望を最優先に治療してもらえたことに今は感謝しかありません。

さいごに

目先の症状だけを見て薬で抑えてくれる病院は多くありますが、将来を見据えたうえで治療を行ってくれる病院が本当の良い病院だと私は実感しています。

医師も患者も互いに信頼関係を持って治療を行っていくことの大切さを、現在治療を行っていただいている医師に出会い改めて実感しました。

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